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東京地方裁判所 平成9年(ワ)2198号 判決 1999年5月28日

原告(反訴被告) 協立物産株式会社

右代表者代表取締役 島田三郎

右訴訟代理人弁護士 本島信

同 田岡浩之

被告 大熊武美

<他1名>

右両名訴訟代理人弁護士 阿部能章

主文

一  被告大熊武美は、原告に対し、金七〇〇万円及びこれに対する平成七年一一月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告の被告大熊武美に対するその余の請求及び被告有限会社ラクトサンジャパンに対する請求をいずれも棄却する。

三  被告有限会社ラクトサンジャパンの反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを一〇分し、その一を被告大熊武美の負担とし、その二を被告有限会社ラクトサンジャパンの負担とし、その余を原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  本訴

被告大熊武美(以下「被告大熊」という。)及び被告(反訴原告)有限会社ラクトサンジャパン(以下「被告会社」という。)は、原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、各自九六六四万七四〇〇円及びこれに対する被告大熊については平成七年一一月四日から、被告会社については同月三日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

二  反訴

原告は、被告会社に対し、一七〇一万〇七二四円及び平成九年二月八日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

第二事案の概要

本件は、食品原料等の輸入・販売会社である原告が、本訴において、その従業員である被告大熊が商品の仕入先の会社と共謀し、原告に対する商品供給を停止し、原告と競業関係にある被告会社を設立したと主張し、被告大熊に対しては不法行為又は債務不履行により、被告会社に対しては不法行為により損害賠償を求め、これに対し、被告会社が、反訴において、原告の被告会社に対する仮差押決定の取得・執行及び本訴の提起が違法であると主張し、原告に対し、不法行為による損害賠償を求めている事案である。

一  当事者間に争いのない事実及び証拠(括弧内に摘示)により容易に認められる事実(以下「争いのない事実等」という。)

1  当事者等

(一) 原告

原告は、機械、香料、食品原料等の輸入、国内販売等を目的とする株式会社である。

(二) 被告ら

被告大熊は、平成二年六月一日に原告に入社し、平成三年二月下旬ころからラクトサン有限会社(以下「ラクトサン社」という。)との取引を担当していたが、平成七年六月二九日に原告を退職し、同年七月七日に被告会社の代表取締役に就任した者である。

被告会社は、右同日に成立した乳製品の輸出入、国内販売等を目的とする有限会社である。

(三) ラクトサン社

ラクトサン社は、チーズパウダーの製造、販売等を目的とし、デンマーク王国に本社をおく有限会社である。

2  代理店契約

(一) 原告は、平成三年四月二五日、ラクトサン社との間で、原告を日本におけるラクトサン社の総代理店とする旨の契約を締結した(以下「本件代理店契約」という。)。

(二) 原告は、平成四年二月一二日、ラクトサン社との間で、本件代理店契約について、契約期間は一年ごとに自動的に更新され、契約解消に当たっては一二か月前に書面による通知を必要とする旨の覚書(以下「本件覚書」という。)を交わした。

(三) 本件代理店契約は、平成四年から七年まで毎年更新された(平成四年の更新について弁論の全趣旨)。

3  商品の供給停止に至る経緯等

(一) 被告大熊は、平成七年五月一六日、原告に対し、同年六月二九日をもって原告を退職する旨届け出た。

(二) ラクトサン社は、平成七年五月二四日付け書面によって、原告に対し、同年六月一日からチーズパウダー(以下「商品」という。)の供給を停止する旨通知した。右通知(以下「本件通知」ともいう。)は、同年五月二九日、原告に到達した。

(三) ラクトサン社は、平成七年六月一日付け送り状及び同月四日付け船荷証券において、商品の宛先として被告会社の名称を記載し、同月四日にハンブルグ港から右商品を発送した(被告会社の所在する場所は、被告大熊の自宅の住所とされていた。)。

(四) 原告は、平成七年六月二九日、被告大熊を懲戒解雇した。

(五) 被告会社は、平成七年七月七日に成立し、被告大熊は、その代表取締役に就任した。

4  仮差押決定等

(一) 仮差押決定

(1) 原告は、平成七年九月二〇日、東京地方裁判所に対し、左記の内容の動産引渡請求権仮差押命令の申立て(平成七年(ヨ)第四八四一号)をした。

債権者 原告

債務者 被告会社

第三債務者 富士倉庫運輸株式会社

請求債権 三〇〇〇万円

被告大熊が、平成七年六月一日、被告会社の代表者として、ラクトサン社をして原告に対する商品の供給を停止させたことにより、原告が被告会社に対して取得した損害賠償請求権一億二五一八万三七一〇円(右同日から一年間の逸失利益)の内金

仮差押債権 被告会社の富士倉庫運輸株式会社に対する次の各商品の引渡請求権

① カマンベール・チーズ

タイプ番号 一六〇二〇三 八〇〇袋

② カマンベール・チーズ

タイプ番号 一六三二〇一 二四〇袋

③ ゴルゴンゾーラ・チーズ

タイプ番号 一五〇二〇二 一六〇袋

同裁判所は、同月二五日、原告に代わり第三者が金融機関と支払保証委託契約を締結する方法により、九〇〇万円の保証を立てさせて、右商品引渡請求権について仮差押決定(以下「本件仮差押決定(1)」という。)をした。右決定は、右同日、富士倉庫運輸株式会社に送達された。

(2) 原告は、平成七年一〇月二三日、東京地方裁判所に対し、左記の内容の債権仮差押命令の申立て(平成七年(ヨ)第五四九八号)をした。

債権者 原告

債務者 被告会社

第三債務者 ① 宝幸水産株式会社(以下「宝幸水産」という。)

② 株式会社三菱銀行

請求債権 三〇〇〇万円

被告大熊が、平成七年六月一日、被告会社の代表者として、ラクトサン社をして原告に対する商品の供給を停止させたことにより、原告が被告会社に対して取得した損害賠償請求権一億二五一八万三七一〇円(右同日から一年間の逸失利益)の内金

仮差押債権 ① 被告会社の宝幸水産に対する売掛債権

② 被告会社の株式会社三菱銀行に対する預金債権

同裁判所は、同月二七日、原告に代わり第三者が金融機関と支払保証委託契約を締結する方法により、九〇〇万円の保証を立てさせて、右各債権について仮差押決定(以下「本件仮差押決定(2)」といい、本件仮差押決定(1)と併せて「本件各仮差押決定」ともいう。)をした。右決定は、同月三〇日、宝幸水産及び株式会社三菱銀行に送達された。

(二) 執行取消し

被告会社は、平成七年九月二七日ころ、東京法務局に仮差押解放金三〇〇〇万円を供託し、東京地方裁判所に対し、本件仮差押決定(1)について執行取消しの申立て(平成七年(ヲ)第九〇〇八八号)をした。同裁判所は、本件仮差押決定(1)について執行を取り消す旨の決定をした。

(三) 保全異議

(1) 被告会社は、平成七年一一月八日、東京地方裁判所に対し、本件仮差押決定(1)について異議の申立て(平成七年(モ)第五七五四二号)をした。

被告会社は、同月三〇日、東京地方裁判所に対し、本件仮差押決定(2)について異議の申立て(平成七年(モ)第五八〇七〇号)をした。

(2) 同裁判所は、平成八年五月三一日、本件各仮差押決定を取り消す旨の決定をした。

(四) 保全抗告

(1) 原告は、平成八年六月四日、東京高等裁判所に対し、右決定について抗告の申立て(平成八年(ラ)第九二六号)をし、同裁判所は、平成九年一月三〇日、右抗告を棄却する旨の決定をした。

(2) 原告は、最高裁判所に対し、右決定について抗告の申立て(平成九年(ク)第二四五号)をし、同裁判所は、平成九年五月九日、右抗告を却下する旨の決定をした。

二  争点

1  本訴請求

(原告の主張)

(一) 被告大熊の不法行為及び債務不履行

被告大熊は、原告においてラクトサン社との取引を担当し、本件覚書を作成した者であるから、本件代理店契約の解消に当たっては一二か月前に書面による通知が必要であることを熟知していた。また、被告大熊は、平成七年六月二九日付けで懲戒解雇されるまでは原告の従業員であったが、原告の就業規則は、三条において従業員の忠実義務を定め、四条四号及び七号において会社の承認を得ないで他の職業に従事すること、故意又は重大な過失によって有形無形の社損をかもすことを禁止している。

しかるに、被告大熊は、自己の利益を図る目的で、ラクトサン社の代表取締役であるソーレン・クレメンセンらと共謀し(右共謀の事実は、被告大熊が原告に退職する旨申し出た直後に、ラクオサン社が原告に対して本件通知をし、被告会社に宛てて商品を発送したこと、被告大熊が本件覚書を始め、ラクトサン社との取引に関する重要書類を原告から窃取したことに照らし明らかである。)た上、ラクトサン社の原告に対する商品供給を停止し、被告会社を設立してその代表取締役となったのであるから、原告に対する不法行為責任及び債務不履行責任を免れない。

(二) 被告会社の不法行為

被告会社は、平成七年五月下旬ころには設立中の会社として成立しており、被告大熊は、その代表者として原告の本件代理店契約上の地位及び商品供給を受ける権利を侵害した。他方、被告会社は、原告の右地位及び権利を侵害する目的で、ラクトサン社を社員、被告大熊を代表取締役として設立された有限会社であり、平成七年六月以降ラクトサン社から継続的に商品を輸入し販売している。

よって、被告会社は、設立中の被告会社の代表者であった被告大熊の不法行為により生じた原告の損害を賠償すべき責任がある。

(三) 損害

原告は、平成七年一月一日から同年六月三〇日までの六か月間に、ラクトサン社との取引によって四三三二万三七〇〇円の粗利益(売上額一億四一八八万七四九五円から仕入額五八六三万二九〇〇円及び輸入経費三九九三万〇八九五円を控除した額)を得た。

よって、原告は、ラクトサン社が一二か月前の通知なしに商品供給を停止したことにより、一二か月分の得べかりし利益(粗利益八六六四万七四〇〇円)を逸失したことになる。

また、原告は、本件訴訟の追行を原告両代理人に委任し、着手金として二〇〇万円を支払い、成功報酬として八〇〇万円を支払う旨約した。

(四) よって、原告は、被告大熊に対しては不法行為又は債務不履行による損害賠償として、被告会社に対しては不法行為による損害賠償として、九六六四万七四〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日(被告大熊について平成七年一一月四日、被告会社について同月三日)から支払済みに至るまでの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払をすることを求める。

(被告らの主張)

(一) 被告大熊の不法行為及び債務不履行について

(1) 被侵害利益の不存在

本件代理店契約は、代理店契約(代理店が、売主の計算において商品を販売し、売主から販売に対する手数料を得る契約)であるか販売店契約(販売店が、自己の計算において売主から商品を購入し、これを転売する契約)であるか判然としない上、最低取引額及び継続的商品供給に関する取決めがないから、法的効力を有する契約ということはできない。また、仮に本件代理店契約に法的効力が認められ、原告が日本国内においてラクトサン社の商品を独占的に販売する権利を有していたとしても、ラクトサン社が原告以外の者を代理店に選任して取引をすることが禁止されていたのみであり、ラクトサン社自体が商品を輸入し販売することは許されていたというべきである。よって、そもそも原告には、ラクトサン社の商品供給停止によって侵害されるべき権利は存在しなかった。

(2) 権利侵害の不存在

原告は、本件通知後、ラクトサン社に対し、本件代理店契約を解消するには一二か月前に文書により通知することが必要である旨主張していないばかりか、逆に、本件代理店契約が終了したことを前提として、ラクトサン社に対し、在庫商品を引き取り、手数料等を精算し、清算金を送金するよう要請している。このような原告の対応に照らせば、原告は、商品の供給停止に同意し、本件代理店契約上の権利を放棄したというべきである。

(3) 不法行為の不存在

被告大熊は、海外の取引先に原告を退職する旨連絡したところ、ラクトサン社から日本法人を設立するときには働いてみないかとの誘いを受けたため、原告を退職した後被告会社の設立手続に協力したにすぎず、ソーレン・クレメンセンからラクトサン社が原告に対して商品の供給停止を通知すると聞かされてはいたが、これに一切関与していない。

(二) 被告会社の不法行為について

(1) 設立中の会社の代表者

設立中の有限会社の代表者は、有限会社の成立時の社員であると解されるが、被告大熊は、被告会社の成立時の社員ではないから、その行為の効果が被告会社に帰属することはない。

(2) 設立中の会社の成立時期

設立中の会社が成立する時期は、相当程度の人的・物的組織性を具備した時(株式会社においては、発起人が定款を作成し、各発起人が一株以上の株式を引き受けた時)であると解されるが、平成七年五月下旬ころ、被告会社は、定款も作成されていなかったから、設立中の会社として成立していたとはいえない。したがって、被告大熊の行為の効果が被告会社に帰属することはない。

(3) 不法行為による損害賠償責任の承継

商法は、設立中の会社の代表者による財産引受けや設立費用について、会社財産の維持充実を確保するため、成立後の会社にその効果が帰属する要件を厳格に規定している(商法一六八条一項六号、同条同項八号)。このような法の趣旨に照らせば、設立中の会社の代表者による不法行為の効果が成立後の会社に帰属すると解することはできない。

(三) 損害について

原告は、本件代理店契約上の権利を放棄している上、平成七年六月以降ラクトサン社と競合するフィルメニッヒ社よりチーズパウダーを輸入し販売しているから、原告に逸失利益は生じていない。

(原告の反論)

(一) 設立中の会社の代表者について

有限会社の社員だけが設立中の有限会社の代表者であると固定的に考えるべきではなく、外国の法人が社員であり、代表取締役に就任予定の日本人が設立手続を実行したような場合には、社員以外の第三者も設立中の会社の代表者となり得ると解すべきである。

本件において、被告会社の唯一の社員であったラクトサン社に代わり、代表取締役に就任する予定であった被告大熊が被告会社の設立手続に従事していたのであるから、被告大熊が設立中の被告会社の代表者であったことは明らかである。

仮に被告大熊が設立中の被告会社の代表者ではなかったとしても、設立中の被告会社の構成員であった以上、その不法行為の効果は成立後の被告会社に帰属するというべきである。

(二) 設立中の会社の成立時期について

設立中の会社は、定款の作成によって初めて成立するものではなく、定款の内容を構成する業務内容、代表機関、社団意思決定方法等が決定されればその段階で成立すると考えるべきである。

本件においては、平成七年五月二四日には被告大熊を代表取締役として被告会社を設立することが決定されており、同年六月四日には被告会社に宛てて商品が発送されているから、被告会社は、遅くとも同年五月下旬ころには設立中の会社として成立していたというべきである。

(三) 不法行為による損害賠償責任の承継について

設立中の会社の代表者の不法行為については、成立後の会社がそれを追認し、再び不法行為を行うということを観念し得ないから、その効果は、原則として成立後の会社に当然に帰属すると解すべきである。

さらに、被告会社は、原告の本件代理店契約上の地位及び商品供給を受ける権利を侵害する目的で、ラクトサン社を社員、被告大熊を代表取締役として設立された会社であり、平成七年六月以降ラクトサン社から継続的に商品を輸入し販売しているのであるから、成立後に原告に対して新たな不法行為を行ったと評価すべきである。

2  反訴請求

(被告会社の主張)

(一) 原告の不法行為

原告は、被保全権利が存在しないにもかかわらず、ラクトサン社から商品の供給を停止された報復として被告会社の経営を混乱させる目的で、本件各仮差押決定を得て執行し、本訴を提起した。

(二) 損害

原告の違法な本件各仮差押決定の取得・執行及び本訴の提起により、被告会社が被った損害は、次のとおりである。

(1) 借入金の利息相当分 四〇一万〇七二四円

被告会社は、本件仮差押決定(1)の執行を取り消すため、平成七年九月二七日、右決定に定められた仮差押解放金三〇〇〇万円を供託した。被告会社は、右仮差押解放金をラクトサン社からの借入れによって調達し、これに対する平成七年九月二八日から平成九年一月三〇日までの年八パーセントの割合による利息合計三二二万一九一七円を支払った。

被告会社は、本件仮差押決定(2)の執行により、右決定に係る各仮差押債権合計七八七万五一三九円の弁済を受けることができなくなった。そこで、被告会社は、右金員をラクトサン社からの借入れによって調達し、これに対する平成七年一〇月三一日から平成九年一月三〇日までの年八パーセントの割合による利息合計七八万八八〇七円を支払った。

(2) 信用毀損 三〇〇万円

被告会社は、本件仮差押決定(1)の執行により、第三債務者である富士倉庫運輸株式会社及び取引先に対する信用を毀損され、本件仮差押決定(2)の執行により、第三債務者である宝幸水産及び株式会社三菱銀行に対する信用を毀損された。これらの信用毀損に対する賠償額は、三〇〇万円とするのが相当である。

(3) 弁護士費用 一〇〇〇万円

被告会社は、本件各仮差押決定に対する異議の申立て、本件仮差押決定(1)の執行に対する取消しの申立て及び本訴の追行を被告会社代理人に依頼し、着手金として三〇〇万円を支払い、成功報酬として七〇〇万円を支払う旨約した。

(三) よって、被告会社は、不法行為による損害賠償として、原告に対し、一七〇一万〇七二四円及びこれに対する不法行為の結果発生後である平成九年二月八日から支払済みに至るまでの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払をすることを求める。

(原告の主張)

(一) 原告の不法行為について

次の各事実に照らし、原告の本件各仮差押決定の取得・執行及び本訴の提起に過失はない。

(1) 被告大熊及びラクトサン社は、本件代理店契約及び本件覚書を熟知しながら原告に対する商品の供給を停止したものであるから、その違法性は重大である。

(2) 被告会社の社員がラクトサン社であり、代表取締役が被告大熊であることからすれば、被告会社、被告大熊及びラクトサン社は、社会経済的に一体であるというべきである。

(3) 本件仮差押決定(1)に係る商品は、原告が従前ラクトサン社から購入し、取引先に売却していた商品と同一であり、本来原告に供給されるべきものであった。

(4) 被告会社は、被告大熊がラクトサン社と接触した時期について、平成七年三月か四月ころであるにもかかわらず、保全異議手続において、同年五月一六日以降であると虚偽の主張を繰り返し、裁判所を欺罔した。

(5) 本件事案の争点は、ラクトサン社の商品について、原告が独占的販売権を有し、ラクトサン社が継続的供給義務を負うか否か、設立中の会社がいつ成立し、いかなる場合にその代表者の不法行為について責任を負うかなど、高度かつ困難な法律問題であった。

(二) 損害について

(1) 借入金の利息相当分について

被告会社が、原告に対して不法行為を行ったラクトサン社及び被告大熊と社会経済的に一体であること、本件仮差押決定(1)に係る商品が本来原告に供給されるべき商品であったことからすれば、被告会社は、本件各仮差押決定に伴う損害を主張することはできない。

また、被告会社が主張する年八パーセントの利率は、通常の利率と比較して極めて高率である。

(2) 慰謝料について

富士倉庫運輸株式会社及び宝幸水産が、被告大熊及びラクトサン社の原告に対する不法行為について知っていたこと、銀行預金債権に対する仮差押えは一般的であることからすれば、本件各仮差押決定によって被告会社の信用が毀損されたとはいえない。

(3) 弁護士費用について

保全異議及び保全抗告に関する弁護士費用としては、高額にすぎる。

第三争点に対する判断

(本訴請求について)

一  被告大熊の不法行為について

1 被侵害利益

(一) 《証拠省略》及び前記争いのない事実等に弁論の全趣旨を総合すると、本件代理店契約において原告を日本におけるラクトサン社の総代理店とする旨合意されたこと、原告は、その後、ラクトサン社から商品を一手に仕入れて国内のメーカーに販売し、ラクトサン社から仕入額の二パーセント相当額の手数料を受け取るようになったこと、平成三年九月ころ、従前日本における窓口となっていた株式会社東食(以下「東食」という。)を経由して宝幸水産に商品を販売するに当たり、ラクトサン社が、ファクシミリによる交渉過程において、原告に対して右販売に係る手数料を支払うとともに今後東食を経由した取引を行わない旨確約し、宝幸水産に対して原告がラクトサン社の総代理店である旨通知したこと、そして、以後、原告が宝幸水産にラクトサン社の商品を販売するようになったこと、平成四年二月一二日に交わされた本件覚書において、本件代理店契約について、一年ごとに自動的に更新され、解消に当たっては一二か月前に書面による通知を必要とする旨合意されたこと、以上の事実が認められる。

右認定事実によれば、原告が本件代理店契約に基づきラクトサン社の総代理店としての地位を有し、その地位に基づいてラクトサン社の商品を継続的かつ独占的に輸入し販売していたものと認められる。

(二) ところで、被告らは、本件代理店契約について、「the exclusive agent」という記載は存在するが、代理店が売主の計算において商品を販売して売主から販売に対する手数料を得る代理店契約であるか、販売店が自己の計算において売主から商品を購入してこれを転売する販売店契約であるかが判然とせず、最低取引額及び継続的商品供給に関する取決めもないこと、本件代理店契約を締結した当時、原告とラクトサン社との取引がどのように推移するのか予測し得なかったことを指摘し、契約書の記載や契約締結当時の当事者の意向によれば、本件代理店契約は法的効力を有するものではないと主張する。

なるほど、《証拠省略》によれば、本件代理店契約書には、「本日、ラクトサン社における会議において、協立物産株式会社を一年間日本におけるラクトサン社の総代理店とすることが合意された。総代理店を継続するかどうかは、一年後に協議する。」と記載されているにすぎず、取引方法、取引条件等の詳細に関する取決めがないこと、本件代理店契約を締結した当時、原告とラクトサン社との取引がどのように推移するか予測し得なかったことが認められる。しかしながら、取引方法、取引条件等の詳細に関する取決めがないことのみで法的効力を有しないとすることはできないし、本件代理店契約締結後、ラクトサン社の商品が原告を経由して輸入・販売されるようになったこと、ラクトサン社が原告を介さず東食を経由して行った取引について原告に対し手数料を支払ったこと、その後、平成四年二月一二日には本件覚書が交わされたこと、ラクトサン社と原告との取引の量は、本件代理店契約締結後、年々増加していたことを考慮すると、当事者は、本件代理店契約が法的効力を有するとの前提で取引を行っていたものというべきであるから、本件代理店契約をもって単なる紳士協定にすぎないとして、その法的効力を否定することはできない。

なお、被告らは、本件代理店契約が代理店契約であるのか販売店契約であるのか判然としないと主張するが、《証拠省略》によると、本件代理店契約に基づく実際の取引は、原告がラクトサン社から商品を仕入れるとともに仕入額に対する手数料を受け取り、さらに利益を上乗せして販売するという形態で行われていたことが認められ、そのような取引の実態からすれば、前示のとおり、原告は、ラクトサン社の日本における総代理店であると同時にその立場に基づいて自らラクトサン社から商品を購入して日本国内で独占的に販売していたものと認められる。したがって、取引の実情が右のようなものであっても、本件代理店契約は、少なくとも独占的代理店契約として法的効力を有していたと見るべきである。

(三) さらに、被告らは、仮に本件代理店契約が法的効力を有していたとしても、ラクトサン社が原告以外の者を代理店に選任して取引をすることが禁止されていたのみであり、ラクトサン社自体が商品を輸入し販売することは許されていたというべきであると主張する。

しかしながら、仮にラクトサン社が商品を輸入し販売することが許されるとすれば、原告が多額の費用、労力を投入して自ら開拓した市場や顧客を奪われる恐れが生じるし、二系統の輸入ルートができると流通経路が混乱することは必至である。したがって、本件代理店契約締結以来ラクトサン社が商品を日本に直接輸入し販売したことがなかった事実をも併せ考えると、本件代理店契約においては、そのような取引形態が予定されていなかったというべきであり、右主張は、採用することができない。

2 権利侵害

《証拠省略》及び前記争いのない事実等に弁論の全趣旨を総合すると、ラクトサン社が、平成七年五月二四日付け書面によって、原告に対し、日本にラクトサン社が出資する貿易会社を設立すること及び同年六月一日から商品の供給を停止することを内容とする通知をしたこと、これに対し、原告が、同月六日付け書面によって、ラクトサン社に対し、「一日にして一方的に供給を停止するといった常識はずれの行為によって生じる日本市場の混乱は、一〇〇パーセント貴社の責任である。」などと抗議する一方、本件代理店契約の終了を前提として、在庫商品を引き取り、在庫コスト、手数料等を精算し、清算金をその明細書とともに原告の銀行口座に振込送金するよう要求したこと、原告が、ラクトサン社に対し、同月九日付け及び同月一二日付けファクシミリ文書によって、商品の供給停止について同意していない旨主張し、同年七月一二日付けファクシミリ文書によって、ラクトサン社、被告会社及び被告大熊に対して損害賠償を請求する旨表明したことが認められる(なお、証人島田三郎は、同月六日付け書面においては、ラクトサン社に対し、宝幸水産から返品された不良在庫の引取りを要請したにすぎないと供述する。しかし、そのころ、宝幸水産から返品された不良在庫の処理が問題となっていたことが認められるものの、本件通知との対応関係及び前後の文脈に照らすと、原告は、ラクトサン社に対しすべての在庫の引取りを要求したものと認められる。)。

右に認定したところによると、原告は、ラクトサン社から本件覚書に反して一方的に商品の供給を停止する旨の通知を受け取ったことから、平成七年五月末日をもって本件代理店契約を終了させることを受け入れざるを得ないと判断し、ラクトサン社に対しその旨の回答をしたものと認められるが、原告がラクトサン社に対し本件代理店契約上の権利を放棄したとか、権利の侵害を是認し損害賠償請求権を放棄したとまで認めることはできないし、かえって、原告が同年六月六日付け書面においてラクトサン社の商品供給停止に対し前示のとおり激しく抗議をしていることからすれば、原告は、損害賠償請求権を留保した上、取引の解消を受け入れる旨回答したものと認められる。

3 不法行為

(一) 《証拠省略》及び前記争いのない事実等に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 被告大熊とラクトサン社の接触

被告大熊は、平成七年三月ころ、ラクトサン社との取引の担当から外されたことを直接の原因として、原告を退職することを決意し、ラクトサン社を含む六社の海外企業に対し、原告を退職すること及びドイツに事務所を設立してヨーロッパのメーカーと日本のメーカーを仲介する事業を行う予定であることを内容とする通知をした。これに対し、ラクトサン社は、折り返し被告大熊に連絡をとり、近く予定している日本市場進出に協力して欲しいと勧誘した。被告大熊は、右勧誘に応じ、ラクトサン社が原告に対して商品供給を停止することを承知した上、被告会社の設立手続を遂行した。

(2) 被告会社の成立

ラクトサン社は、被告大熊を代表取締役として被告会社を設立することを決定すると、平成七年五月二四日付け書面によって原告に対して商品の供給停止を通知し、同年六月四日に被告会社に宛てて商品を発送する一方、同月一六日に被告会社の定款を作成し(定款を起案したのは被告大熊である。)、同月二三日に被告会社への出資を履行した。その結果、同年七月七日、社員をラクトサン社、取締役を被告大熊、ソーレン・クレメンセン、トア・シュタディール及びハンス・ペーターセン、代表取締役を被告大熊とする被告会社が成立した。

(二) 右認定事実に加え、被告大熊が、同僚である瀧澤健二に対し、平成七年四月中、原告を退職して独立することをほのめかし、同月一七日、同月二九日にラクトサン社から原告に手紙が来ると話したこと、ラクトサン社及びソーレン・クレメンセンらが、同年六月八日から一五日にかけて、被告大熊の指示を受けて被告会社設立に必要な書類を取りそろえたこと、同月一六日、被告会社の定款において被告大熊が代表取締役に選任され、被告大熊がその就任を承諾したことなどの事実を併せ考えると、被告大熊が、同年四月ころから原告に対する商品の供給が停止されることを前提として被告会社の設立準備をし、同年六月になって設立手続を実行したことが認められるが、さらに進んで、ラクトサン社と共謀して原告に対する商品供給の停止を決定し、又はラクトサン社をして原告に対する商品供給を停止させたとまで認めるに足りる証拠はない(もっとも、前示のとおり、原告とラクトサン社との取引量は次第に増加しており、また、平成七年三月当時、ラクトサン社と原告との間に特段の紛争が存在したことを認めるに足りる証拠がないこと、ラクトサン社は、被告大熊からの情報提供に基づいて被告会社を設立していること、前示のとおり被告会社の日本における設立手続はすべて大熊が行っていることなどからすると、ラクトサン社が日本に会社を作って直接販売することを決定したことについては、ラクトサン社との取引を担当していた被告大熊において新会社の設立手続とその後の運営を行うことが重要な意味を持っていたことは明らかであり、被告大熊が原告において当初からラクトサン社との取引を担当しラクトサン社の信頼を得ていた状況を利用して積極的に働きかけた可能性は否定できない。しかし、ラクトサン社の関係者の証言が得られない本件においては、提出された証拠により認められる諸事情をもってしては、被告大熊本人が積極的に働きかけて商品の供給を停止させたとまで認定することには躊躇せざるを得ない。)。

そうすると、日本に貿易会社を設立して自ら商品の輸入販売をすることを決定し、そのために本件代理店契約に基づく原告への商品の供給停止を決定したのはラクトサン社であり、被告大熊は、ラクトサン社の日本への直接進出に協力したにすぎないというべきである。そして、ラクトサン社は、右の商品供給停止行為により本件代理店契約の債務不履行責任を負うことになるが、前示のとおり、原告は本件代理店契約の解消自体は受け入れているから、その後の被告会社の設立と競業行為によってはラクトサン社が原告に対して不法行為責任を負うことはないというべきである。

したがって、前示のとおり、被告大熊は、ラクトサン社の右債務不履行に協力してはいるが、《証拠省略》により認められるところの被告大熊が原告に雇用された経緯と退職を決意するに至った事情とを考慮すると、商品供給停止行為までの被告大熊の関与をもって、原告の本件代理店契約上の権利を違法に侵害したとまで認めることはできない。

4 よって、不法行為を理由とする被告大熊に対する原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

二  被告大熊の債務不履行について

1 労務者は、使用者との雇傭契約上の信義則に基づいて、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならないという付随的な義務を負い、原告の就業規則三条もかかる義務を定めたものと解される。そこで、被告大熊の行為が雇傭契約上の付随義務に違反したか否かについて検討する。

2 まず、原告が平成七年六月二九日に被告大熊を懲戒解雇したことは前示のとおりであるから、原告と被告大熊との雇用契約は同日まで継続し、したがって、被告大熊は同日まで雇傭契約上の付随義務を負うというべきである(被告大熊は、懲戒解雇の事実を争うが、同年五月一六日に原告に対して同年六月二九日をもって退職する旨届け出ていることから、原告と被告大熊との雇用契約が同日まで継続していたことに変わりはない。)。

そして、前示のとおり、被告大熊は、原告においてラクトサン社との取引を担当していながら同年四月ころから原告と競業関係に立つことになる被告会社の設立を準備し、同年五月二四日までにラクトサン社が原告に商品の供給停止を通知することを知りながらこれを原告に告げず、かえって、同年六月には、商品の供給が停止されたことを前提として被告会社の設立手続を進めており、そのような被告大熊の行為は、雇傭契約に付随する競業避止義務に違反するというべきである(被告大熊は、退職届の提出後、二六日間の有給休暇をとっているが、有給休暇をとっていたことを理由として競業避止義務に反しないとすることはできない。)。

また、前示の経緯によると、被告大熊が競業避止義務に違反しないように配慮した上でラクトサン社が被告会社を設立するには被告大熊の退職する予定であった同年六月二九日からさらに一か月程度は日時を要したものと推認できるし、その関係で商品の供給停止措置をとるのも一か月は遅くなり、同年七月一日ころになったものと推認できる。

3 そこで、原告の損害について検討するに、チーズパウダーが、嗜好性が強く代替性がないという特性から、安定的かつ継続的供給の要請される食品原料であることにかんがみれば、被告大熊が原告との雇用契約が継続していた平成七年六月二九日より前に被告会社の設立手続に着手していなければ、ラクトサン社は同月四日に被告会社に宛てて商品を発送し得なかったと認められ、他方、原告はラクトサン社に対して六月四日発送に係る右商品を早晩発注したと認められるから、原告は、被告大熊が原告との雇用契約継続中に被告会社の設立手続に従事したことにより、少なくとも六月四日発送に係る右商品については得べかりし利益を逸失したというべきである。

そして、《証拠省略》を総合すると、ラクトサン社が、同年六月四日、被告会社に対し、カマンベール・チーズ(タイプ番号一六〇二〇三)二万キログラム(八〇〇袋)及びゴルゴンゾーラ・チーズ(タイプ番号一五〇二〇二)一〇〇〇キログラム(四〇袋)を発送し、被告会社が、ラクトサン社に対し、右各商品の代金として四八万七七二〇デンマーククローネ(一デンマーククローネ一六・一円(同年四月三日の為替レート)で換算すると、七八五万二二九二円)を支払ったこと、原告が同年一月から六月にかけて、国内のメーカーに対し、カマンベール・チーズ(タイプ番号一六〇二〇三)を一キログラム当たり九〇〇円ないし九九九円で販売し、ゴルゴンゾーラ・チーズ(タイプ番号一五〇二〇二)を一キログラム当たり九八〇円で販売していたこと、船舶で商品を輸入する場合、仕入代金の四五パーセント未満の輸入経費が生じること、以上の事実が認められる。

そうすると、右各商品について、売上額は少なくとも合計一八九八万円(カマンベール・チーズについて九〇〇円×二万キログラム=一八〇〇万円、ゴルゴンゾーラ・チーズについて九八〇円×一〇〇〇キログラム=九八万円)であり、他方、仕入額は合計七八五万二二九二円、輸入経費は最大で合計三五三万三五三一円(仕入額の四五パーセント)であると推認できるから、原告の逸失した粗利益は、七五九万四一七七円(右各商品の売上額から仕入額及び輸入経費を控除した額)となる。しかし、その外に諸経費の生じることを考慮すると、それを約八パーセントと見て、原告の損害を七〇〇万円と認めるのが相当である(原告の主張する損害は、一か月七二二万〇六一六円であるが、これから右と同様に諸雑費を控除すると、約六六〇万円となり、右に認定した金額を下回る。しかし、六月四日に発送された商品に係る損害の方がより具体的であるから、原告は、被告大熊の債務不履行により七〇〇万円の損害を被ったものと認めるのが相当である。)。

なお、右の雇用契約上の義務違反による損害との関係では、弁護士費用をそれと相当因果関係のある損害と認めることはできない。

三  被告会社の責任について

1 被告大熊及びラクトサン社の不法行為

原告は、被告会社が平成七年五月下旬ころには設立中の会社として成立しており、被告大熊はその代表者であったとし、被告大熊の原告に対する不法行為の効果は被告会社に帰属すると主張する。

しかしながら、前示のとおり、そもそも被告大熊が原告の本件代理店契約上の権利を侵害したということはできないから、右主張は、採用することができない。

また、被告会社の成立時の社員であるラクトサン社による商品供給停止行為をもって原告に対する不法行為に当たるとすることができないことも前示のとおりである。

2 設立中の会社の不法行為責任

まず、ラクトサン社が原告に対して本件通知をした平成七年五月下旬ころ、被告会社が設立中の会社として成立していたか否か、すなわち、設立中の会社が成立する時期が問題となるが、設立中の有限会社は、成立後の有限会社の前身として、これと同一性を有する存在でなければならないから、成立後の有限会社の人的・物的基礎の一部を具備した時に成立するものと解すべきである。そして、有限会社の定款が作成されると、成立後の有限会社の根本規則が定まり、同時に社員となるべき者及びその出資義務が確定するから、これによって初めて設立中の有限会社が成立すると解するのが相当である。

これを本件についてみると、《証拠省略》によれば、被告会社の定款は、同年六月一六日に作成され、同月二二日に東京法務局所属の公証人の認証を受けたことが認められるから、同年五月下旬ころまでに、被告会社が設立中の会社として成立していたと認めることはできない。

したがって、仮にラクトサン社の原告に対する商品の供給停止行為又はそれに対する被告大熊の協力行為が原告に対する不法行為に当たると見るべきであるとしても、その不法行為の効果が被告会社に帰属するとすることはできない。

3 被告会社自身の不法行為

原告は、成立後の被告会社が原告に対して新たな不法行為を行ったとも主張するので検討する。

ラクトサン社が平成七年五月二四日付け書面で原告に対して商品の供給を停止する旨通知し、これに対し、原告が同年六月六日付け書面でラクトサン社に対して本件代理店契約を終了させることを前提とした回答をしたこと、ラクトサン社がその前の同月四日に被告会社に宛てて商品を発送したことなど前示の事実を総合すると、本件代理店契約は原告の同月六日付け書面がラクトサン社に到達した同月八日に終了し、後はそれまでの取引の清算と一二か月の猶予期間を置かないで解除したことによる原告の損害の賠償の問題が残った状態になっていたものと認められるから、同年七月七日に成立した被告会社が原告の本件代理店契約上の権利を侵害したということはできない。

また、ラクトサン社、被告大熊及び被告会社の法人格が異なる以上、原告に対する商品供給を停止したラクトサン社が被告会社の社員であり、右商品供給停止を前提として被告会社の設立手続を遂行した被告大熊が被告会社の代表取締役であることを考慮しても、被告会社は、その成立前にされた右商品供給停止によって反射的に利益を得ているにすぎないというべきであり、被告会社が原告の本件代理店契約上の権利を侵害したと評価することはできない。

4 よって、被告会社の不法行為を理由とする原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

四  まとめ

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告大熊に対して債務不履行による損害賠償として金七〇〇万円の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないというべきである(なお、右損害金は、雇用契約の債務不履行によるものであり、その遅延損害金の率は、年五分となる。)。

(反訴請求について)

一  仮差押決定が保全異議手続において取り消され、これが確定した場合には、他に特段の事情がない限り、仮差押申立人において過失があったものと推認するのが相当であるが、右申立人において、その挙に出るについて相当な事由があった場合には、右取消しの一事によって右申立人に当然過失があったということはできない。

二  そこで、検討するに、《証拠省略》及び前記争いのない事実等に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1 原告は、ラクトサン社から商品の供給を停止された後、在庫商品を販売していたが、平成七年七月末ころには在庫商品の大半が底をついてしまったため、右商品供給停止について法的請求をする必要に迫られた。

そこで、原告は、原告代理人らに委任して右商品供給停止による損害賠償請求権を被保全権利とする仮差押えを申し立てることを決定した。

2 原告代理人らは、被告大熊が原告に退職届を提出した直後に、ラクトサン社が原告に対して商品の供給を停止する旨通知し、被告会社に宛てて商品を発送したこと、そのころ、本件覚書を始めラクトサン社との取引に関する四通の文書(アァクシミリ番号《省略》)が紛失していることが判明したこと(もっとも、原告は、被告大熊がこれらの文書を原告から持ち出したと主張するが、原告が本件覚書の存在及び内容を知悉していたことからすれば被告大熊がこれを原告から持ち出す必要性が乏しいこと、紛失した文書に対応するラクトサン社の控え文書によれば右四通の文書には商品の発注等が記載されているにすぎないこと、被告大熊とラクトサン社が、他の従業員の目に触れる危険があるにもかかわらず原告のファクシミリを用いて被告会社の設立について打ち合わせていたとは考え難いことなどを併せ考えると、被告大熊がこれらの文書を持ち出したとまで認めることはできない。)、被告大熊が原告を退職した直後に、被告大熊を代表取締役とする被告会社が設立されたことなどに照らし、被告大熊にラクトサン社をして原告への商品の供給を停止させた不法行為が成立し、さらに、その当時、被告会社は設立中の会社として成立しており、被告大熊はその代表者であったと考え、被告大熊の不法行為の効果が被告会社に帰属すると判断したが、被告大熊に見るべき資産がなかったことから、被告会社のみを債務者として、同年九月二〇日に動産引渡請求権について、同年一〇月二三日に売掛債権及び預金債権について仮差押え(以下「本件各仮差押え」という。)を申し立て、その旨の本件各仮差押決定を得た。

3 しかし、その後の異議手続において、本件各仮差押決定は、ラクトサン社が原告に対して商品の供給停止を通知した平成七年五月下旬ころ被告会社が設立中の会社として成立していたとはいえないとして取り消され、その保全抗告を棄却する決定により確定した。

以上の事実、とりわけ、被告大熊が原告に対する商品供給停止及び被告会社の成立に関与していたことを強く推認させる諸事実と原告が弁護士に相談した上、その意見に基づいて本件各仮差押えを申し立て、また、本訴を提起していることを考慮すると、原告において、被告大熊に原告に対する不法行為が成立し、これが設立中の被告会社の代表者の行為としてその効果が被告会社に帰属すると判断して本件各仮差押えを申し立て、続いて本訴を提起したことについては、無理からぬものがあったというべきである。

三  なお、被告会社は、被告大熊が被告会社の成立時の社員ではないにもかかわらず設立中の被告会社の代表者であるとし、また、定款が作成されていないにもかかわらず被告会社が設立中の会社として成立していたとする原告の主張について、実務上採用し得ない独自の見解であると批判する。しかしながら、本件が、社員となるべき外国の法人に代わり、代表取締役に就任する予定であった日本人が会社の設立手続を遂行した事案であったこと(右設立手続の関係では被告大熊はラクトサン社の代理人であったことになる。)、定款作成前に設立中の会社が成立するという見解もあり得ることから、原告のような見解に立って本件各仮差押えを申し立てたことについて過失があったということはできない。

また、被告会社は、原告は、ラクトサン社から商品の供給を停止された報復として被告会社の経営を混乱させる目的で、本件各仮差押えを申し立てたと主張する。しかしながら、デンマーク王国の法人であるラクトサン社や資産を有していない被告大熊を債務者として仮差押えを申し立てる実益は乏しいといわざるを得ない上、被告会社は、原告が本件各仮差押えを申し立てた当時、ラクトサン社から商品を輸入し販売していたとはいえ、成立して間がなく、チーズパウダーの流通経路に新規参入した有限会社であったことを考慮すれば、その財産が減少するおそれがあったと認められる。よって、原告が、被告会社の主張するような目的のために本件各仮差押えを申し立てたとまで認めることはできない。

さらに、本件においては、原告が被保全権利として主張した損害の額が不当に高額であったとすることもできない。

四  よって、被告会社の原告に対する反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第四結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告大熊に対し、七〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成七年一一月四日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余はいずれも理由がないから、これを棄却し、被告会社の反訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 志田原信三 丹羽敦子)

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